初年次情報処理教育の可能性

しばらく更新が途絶えていましたが、元気に生きています。

更新が途絶えていた理由として「忙しかったから」というのは簡単ですが、本当に日記を書けないほどに忙しかったかというと、時間的には、きっとそうではないのだと思います。

さて、前期が終わりました。
はじめて授業を担当し、試行錯誤しながらでありながらも、15回無事に終われたといっていいのではないかと思っています。

僕は情報処理関連の科目を担当していますが、特に1年生向けの授業について、

受講者は、高等学校における情報Iの必履修化やGIGAスクール構想、コロナ渦におけるタブレット配備など、初等中等教育におけるICT環境の整備のなかで、デジタルネイティブ世代と呼ばれる学生ですが、その多くがスマホ・タブレットでの(ややもすれば受動的な情報消費者としての)ネイティブネスに留まっているという印象を持っています。自身が受けた教育を踏まえた体感ですが、情報リテラシー(読み書き)という言葉は主にSNSやCGMを念頭に理解されていることが多いのではないでしょうか。

2016年の中教審答申においては、すべての学習の基盤となる資質・能力として、言語能力、問題発見・解決能力と並べて情報活用能力を挙げています。たしかにこの趣旨に沿えば、初等中等教育情報教育は学びのための基礎能力であり、タブレット端末による個別最適なコンテンツ学習や、ロイロノート等を用いた協働学習が行えるということは、一つの到達点なのだと思います。もちろんこれらを否定するつもりはないのですが、大学生活は様々なコンテンツを参照して学ぶプロセスである一方で、「情報生産者」へと変貌するプロセスという側面も持っています。
そういうわけで、スマホからPC、フリック入力からキーボード入力、テキストボックス・フォームでの入力・送信から、Word・PDFの「パッケージ」提出へと、高校までのICTリテラシーと大学以降のICTリテラシーでは求められるものが大きく変わっており、ここにDX”された側”の情報リテラシーという新たな課題が見出されるわけです。

すなわち、デジタルネイティブ世代に対しても、従来行われてきたWord、Excelといった基本ツールのハンズオン型授業はいまだに有効で、むしろその重要性を増している可能性があります。なぜなら、以前と違って学生がそれぞれICT経験という意味での「型」を持っているからです。

もしかしたら、ロイロノートやGoogle ClassroomのようなDX済みの環境を所与のものとして受け入れた学生たちにとって、「自身で書式や構造を規定する文書作成」や「白紙に自分で数式を定義した計算表作成(それも無数の、使うか使わないアイコンが画面に表示されながら)」や「ファイルを保存して変換して提出」というのは、目的も操作も”意味不明”で、何のためにこんなものが存在するのか、と思うのかもしれません。そして、フリック入力や音声入力に慣れている学生にとってはQWERTY配列キーボードでタイピングすることに意義を感じづらくなっているようです。

DXの進展に伴い、Datsu eXcelが進んだり、キーボードをタイピングしなくなるんだ、PCのタイピングやOfficeソフトの使い方なんて無意味なんだ、という加速主義的な立場の声も聞こえてきます(実際にレポート作成時に、スマホのWordでのフリック入力や音声入力を使う学生もいれば、生成AIを活用している学生もちらほらいました)。気持ちはわかるのですが、とはいえ現実的にまだExcelで表を管理したり、キーボード・Wordで文章を作成したりというのは現実世界には一定数あって、少なくとも大学在学中には必要とされるものです。特に情報生産者としては、情報のフォーマットを作ること、そして遵守することが重要です。
加えて、文書等の資料を作成するにあたっては表・グラフを用いた量的な議論も必要になることがあります。そういうわけで、デファクトスタンダードとして流通しているMS Officeソフトの操作法を学ぶ必要があります。

(僕自身がそうであったように)教えれば学ぶ、なんていうのは幻想で、教員はどのように動機づけしていくのか、もっというと、単位や成績を活用してインセンティブを作り出すのか、というのも技量の一つになってくると思っています。学びが自己目的化するために、インセンティブが最初の一歩になるのであればそれもよいのではないでしょうか。特に今回は学術的な内容というよりも、ツール操作の習得というのが主目的にあるので、”習得した後でないと応用が効かない”という性質を踏まえ、学生が”考える”というプロセスを減らしています(繰り返しになりますが、PCやOfficeソフトの操作はデジタルネイティブ世代の学生にとっては特に主体性を持ちにくいコンテンツである可能性があります)。

今の学生は本当に忙しくて、不確実なものに対して時間的リソースを割けといわれても、リスク・リターンの合理的な判断から冷静に「やらない」ことを選びうるのだと思います。それは甘えでもなんでもなくて、そういう判断をせざるを得ない環境にいるということなので、教員側は「最近の学生は」なんて言ってないで認識をアップデートする必要があるでしょう。
※(内田樹「下流志向」がわかりやすいのですが、ベストセラーの三宅香帆「なぜ働いていると本が読めなくなるのか」で指摘されていることも同根だと思います。高部大問「ファスト・カレッジ:大学全入時代の需要と供給」は大学のファスト化を端的に論じています)。

というわけで、①ルーブリックを提示し、②自分で書いたレポートのサンプルも提示し、③試験や他教科の最終レポートより1週間早い締め切り、という設計で授業を行いました。 うまくいった面もあればそうでない面もあり、今後反省・検証しなければならないのですが、自身がなぜこの授業形態を選択するに至ったか、授業実践のなかで感じたことをまとめておきたいと思い、お盆休み前にまとめてみました。(というか、単位はインセンティブになっても成績は必ずしもインセンティブにならないのかもしれない、という新たな気付きを得たりもしています。)

また、印象的だった学生の言葉で「授業期間中に実習があり、実習先でExcelを使い、はじめて実用性を認識した。」というものがありました。
学生が学術・学問に浸る時間が取りにくい現状が糾弾されて久しいですが、PBLやインターンシップを研究テーマとしている自分にとって、実習と座学の往還を目の当たりにすると、いろいろと思いが生じます(ここはいろいろ言いたいことがあるので別で)。

さて、ともあれ前期が終わりました。学生の皆さんはよく頑張っていらっしゃったと思います。お疲れさまでした。授業評価アンケートはまだ教員に公開されていないのですが、公開されたらじっくり読みます。

後期は、情報科学やデータサイエンス・AIに関するより理論的な内容となります。シラバスはまだ書けてないのですが、遅くとも初回授業の1週間前までには書くつもりです。

前期のまとめ、と書き始めたところ非常にネガティブな文章となってしまったのですが、どうやらそういう弱音を吐きだす場所もなくなってきました。この期間に名著「暴走族のエスノグラフィ」を読んだのですが、自身の10代の頃の暴走行為(もちろん比喩です)を思い出し、書中の言葉を使えばすっかりオチツイテしまったのだと寂しくも、儚い10代をスパークできたのだと誇らしくも思います。街から街へ流れ流れて色とりどりの半端なオイラが境界線を走り続けてここにいます。

いろいろ仕事は溜まっているのですが、ひとまず僕も明日から夏休みということにします。体に気を付けて頑張りましょう。

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