
「なぜ働いていると本を読めなくなるのか」でも参照されていた「花束みたいな恋をした」をアマプラで視聴。
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もちろんタイトルは何度も目にしていたのだが、菅田将暉と有村架純でこのタイトルということで僕のような人間はどうしても敬遠していたというか興味が持てず。
「なぜ働いていると本が読めなくなるのか」で引用されていて気になったのでウォッチリストに入っていたのだが、「ファスト教養でも引用されていた」という書き込みをみて思い出し、教員資格認定試験が昨日終わって勉強もひと段落ということで見てみることに。
「考えを共有できる仲間が少なく、気難しいと思われないように出力を常に制御する僕たちが仲間を見つけて決壊した時」とか、「流行をしっかり追っている人たちの間での居心地の悪さ」の描写が上手く、先入観と違って「僕たちの映画だ!」と思うほど。もちろん僕はある程度大人なので、絹ちゃんが僕の目の前に現れないことも四畳半神話大系の明石さんがいないこともわかっているのだが、この描写だけでも、世界に仲間がいることがわかって嬉しい。
そして(本の文脈からの)本題もかなり「ウッ」となる描写で、麦くんの時間がなくなっていくこととか、麦くんから発される言葉が変わっていくこととか、麦くんの行動が変わっていくこととか、結構グロテスク。
僕たちを僕たちたらしめるのは「麦くんの変化に対する嫌悪感」なのではないかと思っているので、麦くんのような人間がファスト教養・自己啓発側に転換するのか、というのには大いに疑問があるが、身に覚えが”全く”ないかというとそうではなく、自分に重ねて苦しくなる。これはもうプロレタリア文学なんじゃないか。
いや、かなり身につまされた。いや、「どういう風に」をしっかり書かないと意味がないのはわかってるんだけど、それはもう自傷行為ですから…。
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「もったいない、まだ昨日の夜の余韻。上書きたくないんだよ。」
それでも時は流れ生活は続く。僕たちは生きるのか生き残るのか時々わからなくなる。本を読むことや映画を見ることや学び続けること。意識して価値観を揺らさないと日々に埋没する。
ひとまず今村夏子さんのピクニックが収録されている本を買う。週末に読もう。








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